灯り・火祭りKumamoto
山鹿灯籠まつり
公式サイト伝説によれば、景行天皇が菊池川沿いの濃い霧で道に迷ったとき、地元の村人たちが松明でその道を照らし、帝を家へ帰してあげたという。およそ2000年後の今、山鹿はその夜のことをまだ覚えている。ただし、松明は今や「灯籠」となり、木や金属をまったく使わず、和紙だけで丹念に折られた繊細な灯籠へと変わったのだ。
灯籠そのものが見る価値のあるもので、城の形をしたものもあれば、神社の形をしたものもあり、すべて10年以上の修行を積んだ職人たちによって作られている。彼らは4月の浄化の儀式後、このひとつの週末に向けて何か月もの時間をかけて静かに準備を進める。
しかし、祭りの本当の見どころは2夜目にやってくる。約1,000人の女性たちが、頭の上に輝く金色と銀色の灯籠を乗せて、山鹿小学校の敷地で太鼓のリズムに合わせて完全なユニゾンで踊る。それは催眠的で、少し不気味で、本当に美しい。写真では決して正義を与えられない祭りの一つなのである。










